2008年3月30日 (日)

おぢか国際音楽祭3

おぢか島は風光明媚な人口3千人程の穏やかな島で、この国際音楽祭も今回7回目ということです。ここの島に国際交流が続けられるのも、小値賀の歴史と無縁とは思えないのです。その歴史は古く、歴史博物館には縄文前期、中期、後期の土器のかけらややじり、弥生の須恵器、有力豪族の存在を示す古墳の写真、遣唐使船時代から列強が争って各大陸に出て行った大航海時代の陶器の破片などが陳列されていました。南から黒潮と呼ばれる日本海流が、北からはりマン海流が流れ込む五島列島に位置する小値賀(おぢか)は古の時代からその潮の流れにのって南に向う航路にあたっていました。この島を通って中国やタイなどの南の国との交流が行われていました。小値賀のすぐ東に位置する平戸が江戸時代、オランダとの交易が許されていたのも、古くからその海外交流の歴史があったためと思われます。小値賀国際音楽祭の実行委員であり、今回私たちとのコンタクトパーソンであられる、立石さんや島の方皆さんがボランティアでこの国際音楽祭を毎年していらしゃいます。突然ではない、古くからあるなにかDNAのようなものが島の人に根付いていて、国際文化交流が行われているように感じる人が多いのではないでしょうか。この音楽祭の後も、オーストラリアやアメリカからホームスティを受け入れているそうですが、みなさん、この島から帰られるとホームシックにかかってしまうほど、この島の自然や心やさしい元気な人たちに馴染んでしまうそうです。この島を通ってかって遣唐使が行き来をして、大陸の文化がもたらされ、日本古来の文化と融合して、日本文化を作り上げてきました。まさにこれから世界の音楽がこの地で溶け合い、ひとつになり、文化が人を導いてくれますよう、世界が一つに溶け合いますようにと、ここにいらした方はきっと思ったはずです。

おぢか国際音楽祭の目的は演奏家を芸術の原点に立ち返られる豊かな自然において、真の音楽が生み出される場を創造し、芸術の発展に貢献するとともに、自然と共生する豊かで潤いのある社会環境の啓蒙・普及を目的とする、とパンフレットに記載されているとおりの体験を演奏家はなされたのではないでしょうか。

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おぢか国際音楽祭2

次の日は佐世保まで移動し、そこから海路を通って、小値賀に着きました。次の日から私たち一行は公共の施設をお借りして自炊し、まるで合宿のような生活が始まりました。

23日は唐見先公民館で前面海という絶好のロケーションの中で、グループ音楽療法が行われました。シタールが30分位奏でられる中でみんさん30名くらいの方が集まりました。仰向けになって寝てシタールを聴くというものです。終わった後、体の中にどのような変化がおこったのか、そして、それはどういうことなのか、参加者とチャンドラカントさんの質疑応答が交わされ、みなさん熱心に聞いていらっしゃいました。私はかねてより海に面した場所で音楽療法を受けてみたいと思っていましたので、参加者に混じって受けさせていただきました。とてもリラックスした状態を体験することができました。

その後、養寿園老人ホーム慰問セッションで30分のシタール演奏を車椅子にのったままホームの方が聴くというかたちの音楽療法と、30分のミニコンサートが行われました。Raga Madhuwanti in teentaal 。「桜」「上を向いて歩こう」。リクエストに答え「朧月夜」。4拍子をチャンドラカントさんが打って「皆さんご一緒に」と言うと多くの方が手ばたきをして、ティンタールを手拍子でうちました。みんさん、正確にリズムにのって楽しげに手拍子をうっていらっしゃいました。又、タブラにあわせて、数名の方がひざの上でも拍子を取っていらっしゃるのが印象的でした。園長さんやスタッフの方が「今夜はみんなぐっすり眠るでしょう」とおっしゃっていました。

24日アジアン・ナイト・チャリティー・コンサートが行われました。この日の収益金はインド・ストリートチルドレンに寄付されます。ラーガとターラの説明が詳しくなされ、インド音楽に親しんでもらおうという試みがなされました。その後、1曲目はRaga Mishra Siuranjiani in teentaal2曲目はRaga Nihon Indo in Rupak Taal 。終演後ロビーではおぢか国際音楽祭に出演のためにいらしたヨーロッパ演奏家や地元の方、このコンサートのために駆けつけた福岡の方など楽しい談笑が続きました。チャンドラカントさんが泊まっている旅館ではヨーロッパの西洋音楽家と音あわせがあったり、まさにこの地で日本、インド、ヨーロッパの伝統文化あいまみえようとした感がありました。

25日朝7時早朝より7世紀の書物に記載されているという神島神社の拝殿での瞑想コンサートが行われました。30名くらいの方が早朝にもかかわらず集まり、シタールの演奏を瞑想しやすい体勢で聴くというものでした。荘厳なシタール演奏が奏でられ、まさにピッタリのところで行われました。音楽療法といい、瞑想コンサートといい本当によくインド音楽というものをお分かりなった方が、コーディネイトしてくださったおかげです。ただ、ただ、感謝の念で一杯になりました。

今度は場所を保育園に移し、小さいお子さんにコンサートを楽しんでもらいました。タブラにあわせて、ひざをたたく子や、実際にタブラに触って、タブラをうってみたり、シタールを触ってみたりと楽しいひと時を過ごすことができました。

その夜はミュージシャンを招待してのウエルカムパーティーがありました。チャンドラカントさんの奥さんのプージャさんの手づくりのカレーや、地元の奥様方の心つくしの手料理に会場は大盛況でした。その時、お一人の方が「瞑想コンサートのあと、今日1日心静かに仕事ができました」と、おっしゃってくださいました。

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おぢか国際音楽祭1

おぢか国際音楽祭に同行して 2008320日から26

 「おぢかへ行く」と聞いて、始めはどこのことかわかりませんでした。どうやら九州の島であるらしいとわかってきました。おぢか、それは始めに音があり、その後、漢字を当てはめた万葉仮名に違いないという気がして、漢字を調べると小値賀とあります。その背景には深い歴史があるに違いないと思ったらもう胸はわくわくしてしまいました。そして、住所は北松浦郡五島列島ではありませんか。私の知り合いに松浦さんという方がいらして、魏志倭人伝の末盧(まつら)国はご自分の祖先にあたり、今でも本家はまつらです、とおっしゃっていたのを思い出しました。古代史ファンにはたまらない島に違いないはずです。

 一行はまず福岡に到着して、20日、福岡の地で、勝立寺のお彼岸の法要の後、チャンドラカントさんのコンサートがありました。檀家の人が集まる中、シタール演奏が行われました。始めに Nat & Bhairav、 taal in Rupak teal。午後のラーガ2曲の特徴的なメロディーが融合されたラーガでした。リズムサイクルは3・2・2の7拍子。2曲目はKhamaji、 taal in teentaal。リズムは4×416拍子。始めの曲より明るく軽快な曲でした。こちらのご住職さんのご子息さんの厳しい修行があけたばかりで、その修行のお話や檀家の代表の方数名でお食事をいただきながらの集いを設けていただきました。

 その後、ホテルへ帰ってしばし、休憩したのち、福岡音楽祭が行われるアジア美術館へと向いました。この音楽祭はトータルヘルス実行委員会によるボランティアスタッフによって企画、運営され、収益金はチャンドラカントさんが理事を勤める財団、インドワゴリのバラティア・サンスクリティ・ダルシャン・トラストへ寄付されるチャリティーコンサートでした。1曲目はBhopaliBhoopAleapRupak taal 。2曲目はKalawati 、 taal in teentaal。アンコールはBhajanの演奏でした。インド音楽は演奏者と観客が一体となって作っていくもので、観客の皆様が身を乗り出し、とても熱心に聴いてくださったのでとても盛り上がったコンサートとなりました。日本の芸能界で活躍なさっているミュージシャンを多く輩出してきた町、福岡。コンサート終了後も皆様からチャンドラカントさんは取り囲まれ、楽しい団欒のひと時でした。その中にはパンディット・ラビシャンカールのレコードをお持ちになった方もいらしゃいました。その後、場所を変えて幹事のみなさまとご一緒に夕食をいただきました。おいしいお食事を整えてくださり、心温まる歓迎をしていただき%

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2007年9月19日 (水)

インドフェスティバルコンサート2007年7月21日

2007年7月21日(土)日印交流年の今年、(財)山口県国際交流協会主催のインドフェスティバルが行われました。

魅惑の舞踊と神秘の音楽

「インドフェステイバル2007」に参加して

Indian_leaflet_yamaguchi_1 7月20日(金)品川から4時間半、新山口駅に着くと、国際課の作本氏と、国際交流協会の平田さんがインドの旗を振って出迎えていた。挨拶も早々に、大型バスでインド料理店「シバ」へ。ここは、4年前の山口県立大学の国際交流イべントでも訪れたところだ。
  店は、バイパス沿いに綺麗に建て替えられてはいたが、あの元気いっぱいなご主人は健在なご様子で、以前より豊富なメニューの説明をしてくれた。アグラ、カルカッタといったカレーとラッシー、チャパテイ、パコラなどのセットメニューを堪能し、店を後にした。
 

高速で40分あまりの下関「海峡メッセ下関」に到着した。今回の企画責任者である国際課長の橋口さん、国際交流協会の古野さんはじめ、皆さんに出迎えられ場内に入った。500席もの椅子が並べられた先には、オレンジとピンクの市松模様の敷物に、白のシルクで被われた舞台が出来上がっていた。先生は、1時間程かけてゆっくりとマイク調整、ライテイングを支持されていた。

 会場の外に出た。海峡メッセ下関の建物は、道を隔てて海となっている。左手には関門橋も見え、対岸もすぐ近い。私たちは、その対岸が九州であることを認識するまで時間はかからなかった。先生も、もちろんプージャさんも、「うみ」「ふね」と、はしゃいでいらした。
 5時過ぎにプラザホテルへと向った。7階の各部屋からも海が見え、山口交流協会側のもてなしぶりが伝わってきた。7時半からは、10階のレストランで歓迎会が行われた。色とりどりに輝く30階の海峡ゆめタワーをはじめ、福岡の夜景も見渡せる。
 今日、福岡に入国されたバラタナテイアムのご一行5名、彼女らを東京から車で迎えに来たというNOP法人日印交流を盛り上げる会の長谷川さん、インド大使館からラムさんも加わり、25名ほど。数日前からメニュー作りに取り組まれたというプラザホテルのベジタブル料理もおいしく、ナンもカレーも途中でなくなってしまうほどだった。

Indian_leaflet_yamaguchi_2 次の朝、私は密かにホテルを抜け出し、海沿いを歩いてみた。釣りをしている人、ジョギングをしている人、私のように観光巡りをしている人・・・、6時前だというのにたくさんの人がいる。恋人灯台、唐戸市場、白と赤で装飾された赤間神社といった観光名所をゆっくり見て回った。ゆったりと時間が流れているような、そんな気分だった。
 
  会場へは9時入り。舞台に楽器を運ぶと、急いで衣裳に着替え、会場正面での開会式に参加した。山口県知事、下関市長の祝辞をいただき、10時半から16拍子の古典のラーガを。午後の1時半からは、お客にお子さんが多かったことから、先生は「さくら」「上を向いて歩こう」や楽器の説明、7拍子でオリジナル曲「ニホンーインド」を演奏された。
 「ヨーガ体験コーナー」「インド文化講座」「こども国際塾」など様々なイベントあり、またボランテイアの学生さんたちは、それぞれサリーやパンジャビドレスを身に纏い、とても華やかなイベントであった。吉野さんは「1日ではもったいないイベントだった」と何度も口にしていらしていた。
 後からの報告によると、来客は予定の倍の2千人であったとのこと2日間があっという間終わった。新山口駅のホームまで見送りに来て下さった作本、平田さんは、「白線からがください」とアナウンスされるまで、なかなか先生の手を離そうとしなかった。

タンプーラ 田部久美子

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第2回マントラ・チャンティング ワークショップ

~平和と幸せを祈り 大昔の聖者が特別に選んだ音を皆で唱えよう~

Mantra_july_oct_front       2回マントラ・チャンティング ワークショップ 2007729

前回と同じ場所、品川区中小企業センターで、1回目よりは少し長いマントラを全員で唱えました。この日はインドでは7月の満月の日でグルプーラネマと呼ばれる、グルという恩師であり、神の愛を教える霊的指導者に礼拝を捧げる祝日でした。

グルフ ブランマー グルフ ビシュヌー グルフ デーヴォ マヘーシュワラハ グルフ サクシャット パラ ブランマー ダスマイ スリー グルヴェ ナマハ

意味はグルはブランマー(創造の神)である。グルはヴィシュヌー(維持の神)である。グルはシヴァ(殲滅の神)である。まことの超越神であるグルに私の挨拶を捧げます。

本当のグルとは真の知識を分け与え、その人がどうすれば物質的境界を越えて意識を目覚めさせることができるかを教えます。Mantra_july_oct_back 彼は真の心の平和、真の自我の叡智、永遠の幸福、カルマからの解放、神への真の愛の開花に到達するために瞑想を教えます。それ故にグルは肉欲、怒り、貪欲から自由になり、真実を知り、その生を歩んでいます。彼は叡智と平和と自己抑制と禁欲、恭順、寛容、そして、神への強い信仰の模範です。彼は継承者として生まれたに違いありません。

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2007年9月 5日 (水)

バンガロール コンサート 

200794日(火)

バンガロール コンサート からの報告

200793日(月)バンガロール ミラー

伝統的な方向で

Laya_poster バンガロールに拠点を置くYUVA協会と呼ばれるNGOとレンド ア ハンド インディアオーガニゼーションはカルナタケの学校で今年の7月に職業訓練のコースをスタートさせました。このプロジェクトを維持するための基金不足があるために基金を募るイベントとして行われたものでした。

パンディット チャンドラカント・サラデシュムクはバンガロールのバラティア ヴィダヤ ブハバンで土曜の夜ぎっしりつまった公会堂でコンサートを行いました。パンディット ラビ シャンカールがもっとも欲しがった生徒は何の紹介も必要ではありませんでした。彼の博愛主義者としての功績はよく知られ、YUVAのためのコンサートでも、又、その事を実証したのでした。このコンサートは魅惑的なラーガ ヤーマンで始まりました。それはアラープとジョールの伝統的な繰り返し、そして、ゆっくりしたテンポと速いテンポの両方がミックスされたものでした。多くの若い聴衆はまるで魂が体から抜け出たかのように聞き入り、パンディットが毎回、伝統的で魅惑的なフレーズを繰り返すたびに拍手喝采で感嘆のため息がもれるのでした。

小休憩とラーガの組み合わせは、意気揚揚としている観客をさらに元気付けるのを助けただけでした。どのように観客を魅惑させるのか、パンディジは語りました。「舞台に上がったときは自分の周りのこと全てを忘れます、そして、演奏を楽しみます。演奏が終わった後、観客の皆様からそのような話を聞けることもまた楽しいのです」

サナック・クマール・アートレーヤとのインタビュー抜粋

特別なコンサートで何を演奏するのか、そして、何が観客の心をとりこにするのか、どのように決めたのですか。

私は何も決めません。私はただシンプルに演奏するだけです。それは私の中を通り抜けて出てくるのです。神と私の父の祝福が私を通って流れ出るように感じます。私は自分自身を完全に律しています。これは本当です。そして、あなたが自分を抑制すれば、すでに、あなたは他の人たちを抑制しているのです。これが貴方たちへの私のアドバイスです。この声明は多くの哲学を含んでいます。簡単に言うことができますが、多くの鍛錬が必要とされるのです。

あなたはこの地方のラーガを演奏しました。これらは計算されたことではなかったのですか。

私は多くの偉大なこの地方の音楽家たちの事を聞きました。又、グル ラビ・シャンカールと一緒に彼らのコンサートを聴きました。それで、私はそのようなムードの中にいると、Harikhamboji やHmasadhwaniといった人達などのように、この土地のラーガの形式の中にそのような感情が流れ出すのです。

バンガロールと日本の観客の音楽に感謝をするということに関して違いは見出されますか。

ここの他の聴衆は本当に博学です。それ故に伝統と離れないでいることが必要です。そして、偉大な先人が見せてくれた方向に従うことが必要です。日本の観客に感銘を与えることは難しいのですが、一度感銘を与えると彼らはとても誠実です。

「私たちは本当にこのショーを楽しんだのでした。そして、それ以上に私たちの愛されているパンディジと一緒にショーを主催できたことが自分たちの幸運であったと思いました。そして、私たちは将来この様なイベントをもっと企画していくことが楽しみでもあります」-YUVA

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